Vol.13 吹荒れる嵐の中での原点回帰「CRY FOR LOVE」

知らぬ間に波乱に巻き込まれていた。
確かに今まで僕をがむしゃらに歌わせていた燃えるような何かを求めて彷徨い歩いていたのだがまさかこんな形で波乱に巻き込まれてしまうとは思ってもみなかった。
事務所をやめて今まで一緒だったバックバンドの仲間達とも離れ新しい何かを求め様々な人達と会ってみた。

ある伝手からプロデューサーの伊藤ギンジさんとアルバムを作ろうとしていた。ギンジさんは丁度ウルフルズのアルバム「バンザイ」をプロデュースしたところで調子に乗っていた。
「ユカイ君みたいな本物のロックンローラーはスランプとか言って人任せにしてないで自分で世の中にアピールするポップな曲をどんどん作らなくちゃだめだよ。そうしなくちゃ偽者でも行動力のあるがんばってやってる奴らに市場を奪われちゃうんだぜ。」
などと様々なアドバイスや叱咤激励をもらい僕も新しいアルバムを作ろうと努力していたそんな中で、ギンジさんが「Sunshine Lady」と「CRY FOR LOVE」のメロディを気に入ってくれて
「これだったらシングル候補としてもいいんじゃないかな?」
と言ってくれたんだが
「問題は歌詞だよ。アイドルくずれの女の子だって自分で作ってる時代だしユカイはやっぱり自分で作らなきゃだめだよ。」
と言われた。
だが歌詞作りには昔からあまり自信がなかったしこれぞ自分の歌詞だって言える燃えるような何かが浮かんでこなかった。「Sunshine Lady」や「CRY FOR LOVE」は途中まで抽象的な感じで作っていたが何かが足りなかった。結局、宙ぶらりんのまま何も出来ずに時を持て余す日々が続いた。

そんな最中、ふと友達を介してある有名テレビタレントのIと出会った。彼女はテレビではセクシーで活発なイメージだったはずなのだが何だか疲れきっていて冴えない感じだった。
僕は正直言って会った時のIにはテレビに出てる時のような魅力を感じずさほど興味はわかなかったのだが、何で彼女はこんなに疲れきっているんだろうと不思議に思った。
そして電話で彼女の悩みを聞いたりする感じの仲になっていった。
詳しいことはいちいち細かく聞かなかった(僕はバラエティ番組を見ないのでテレビの人気アイドルをほとんど知らなかった)が彼女は丁度婚約していた人がいたんだがうまくいっておらず、そのことで落ち込んで睡眠薬を飲まずには眠れなかったらしい。
その時にIの話す言葉は抽象的だったが、魅力的で何か僕の創作意欲の片隅に灯を点けた。
話しを聞いているうちに自分もその物語の中に吸い込まれて行ってしまいあっという間に恋に落ちていた。
いや今思うとこの危険な何かに賭けてみたかっただけなのかもしれない。頭の中ではエリッククラプトンの「レイラ」が鳴っていた。
すかさず「Sunshine Lady」と「CRY FOR LOVE」の続きを書き上げた。そして恋に落ちて何故だか燃えるような何かを取り戻していた。
それは決して満たされない恋だったからかもしれない。
Iはやはり婚約者のことをずっと引きずっていた。
ずるずると三角関係というやつが始まってしまった。
僕はそういう俗に不倫と言われるものが初めてだった。
恋心が強くなればなるほど辛い思いは増えていき、しかしそれに反比例するがごとく不思議に歌はどんどん書けていった。

妙なきっかけで燃えるような何かをとり戻したんだが私生活と心はどんどん荒んでいきそれを吐き出すためにボクシングを始めた。
今まで不摂生していてついた肉が削がれ気がつけばボクサーのようにしなやかな肉体になっていた。
「ライブをやろう。新しい歌を歌おう。この満たされない思いを吐き出すようにシャウトしたい。」
やっと歌いだした頃のハングリーな自分を取り戻したんだ。

オンエアーイーストで<魂の旅からの帰還ライブ>をやりその次の月には渋谷公会堂でライブをやった。
そこには過去から生まれ変わった新しいダイアモンド・ユカイがいた。
アルバムもポップで売れ線思考のギンジさんとも離れ元ルースターズの下山淳やKYON達とのバンドで作ることにした。
大衆に受けるポップなアルバムより燃えるようなロックアルバムを作りたかったんだ。
曲はクラプトンのアルバム「レイラ」のようにほとんどがIとの葛藤を歌ったもので熱く力強いものになった。
今だから時効と思い話すが全10曲で最後にちゃっかりとIとのデュエットの曲まで作っていた。
「やはりすべてはこれを含めて作品なんで名前を伏せてでもIに歌ってもらうのが望ましいなあ。」

9曲の歌入れが終わった矢先に事はドジャーンと起きた。
ここは日本、芸能界の国でIは当時お騒がせの人気のタレントだった。
「フライデー」にデカデカと記事が載り突然ひっきりなしにテレビのレポーターに追っかけられるようになった。
適当に話した言葉が会見といってワイドショーに流れていたりひどい目にあったよ。
「Iのための曲をそしてプロモーションビデオを流させてくれませんか?」
と言われたが
「こんな下世話なワイドショーなんかでは僕の曲を流して貰いたくないと断った。」
信じていたIの態度も変わり婚約者への想いなのか突然冷たくなった。
それに振り回されて神経のイラつきも最長点に達した。

そして10曲目をお蔵入りにすることにした。
(それが今だからまたまた時効ってことで話すが後にモトカミとデュエットした「ジュテーム」という曲だったんだ。いい曲だと思ってたし彼女がやりたいって言ったんで)
まあ当時は芸能界に対しての不信感の固まりになって怒りでいっぱいだった。
とても痛い思い出ばかりだったけどすべては燃えるような何かを取り戻すことができたアルバム「CRY FOR LOVE」を作るためにあったんだなあと思うよ。

今でも「CRY FOR LOVE」は僕の本質を抉ったアルバムのひとつだ。