Vol.11 孤独な狼の叫び

爽快だったシャドウブラウン&〜が終わりワーナーからポニーキャニオンに鳴り物入りで移籍した。
僕の作った海賊バンドは架空のバンドだったんでバンドのメンバーはみんな我が家に帰っていった。

当時の事務所の社長がパート2を作ろうという話を持ち出したがメンバーのスケジュールを合わせたりが大変だったし、せっかくソロアーティストになったんだから一人でやることにした。
ついにI'M THE BEST」の直後に作っていた幻の楽曲達と「ピエロの囁き」で学んだプロデュースワークを実践する時が来た。

これが本当の意味でのソロアルバムと言えるものなのかもしれない。
いくらダイアモンドユカイが自分勝手で我がままと言われていたってやっぱりバンドでの活動(はグループ行動だ)に慣れていてまったくの一人ぼっちでのCD作りは初めてだった。
新しいアルバムは今までのアメリカ、イギリスのイメージ路線を変えるためにも僕が子供の頃に大好きだったフレンチポップスを目指していた時の'70年代の沢田研二のフィーリングをDYで表現したかった。
いい意味でも悪い意味でも僕の思うロックの臭みをすべて白い靄で覆い隠した音にしたかった。
ロックが好きだったスタッフらは戸惑っていた。
予算がなかったらしいから日本で楽曲やアレンジはだいたい仕上げてパリの田舎で歌入れとトラックダウンをやった。
エンジニアは僕が生まれつきシ音の発音が強くいつも困っていた。
でもパリに来て解ったことだがフランス語はもともとシ音が多くてそれの対処方が充実していたし僕の声に合うマイクも発見できて当初パリ行きを渋っていたエンジニアはまんざらでもなく喜んでいた。

せっかくだったんで僕はパリの街を隅から隅まで歩きまくった。
僕にはロンドンよりパリの方が性に合うみたいだった。
お陰で初春のパリは日本より寒いんで風を引いてしまった。
自業自得だったがビデオ撮影やジャケット撮影の時は39度近い熱にうなされていたんだよ(笑)

そして'93年の自分の思うイメージを創造、表現したのがこの
「Lonely Jack Knife」だ。
孤独の一匹狼という意味だ。
この時に本当の意味でやっとソロのアルバムを作ったんだなあという実感がした。