Vol.05 信念の魔術

くすぶっていた。何もかもがわからなくて。
世間にいつも見張られているようで自分の本当の気持ちを隠して差しさわりのないように生きることが美徳な時代だったんだ。
親の言いつけを守り大学の法学部に入ったけどほとんど精彩がなく死人のような毎日を送っていた。
そんな中、僕がプロへのバンドを断ったシャケやその仲間達は自分の夢に向かって有意義な日々を送っていたに違いない。
高校の仲間のホンキートンクの面々は僕の抜けた後、趣味でバンドを続けていた。時がたてばたつほどまた趣味でも何でもいいからバンドで歌いたくなってしまっが昔の仲間のところには戻れないし。大学の勉強もしなくちゃだけど手につかず。やりたい気持ちはいつだって抑えきれず、ローリングストーンズ好きな地元の考古学学生ギタリスト三田村を誘い、バンドを再度結成するのも時間の問題だった。
当時から一緒にバンドをやるかやらないかの大きなポイントは、「ストーンズを好きか嫌いか」だった。
今の時代じゃ考えられないかも知れないけど当時の日本ではストーンズは今ほどメジャーな存在ではなかった。しかしストーンズをまったく知らないハードロック野郎やフュージョン君、歌謡曲売れ線狙いの奴らとはバンドをやる気にはなれなかった。だいたいストーンズがわからないなんてロックをやる資格はないとまで思っていたからね(笑)。

そんなわけで意気投合してロックバンドを作った。その名も「ハイヴォルテージ」。ACDCが好きだった三田村がつけた名前だ。僕はいつもそうなんだけどバンドの名前なんてどうでもよく、ただ歌えたらそれでいいと思っていたんだ。
ハイボルテージはプロを目指すとか売り込むとかじゃなく純粋にロックをぶちかましたいだけで作ったバンドだった。
ただ後にレッドで発表した(ブラックジャックウ−マン)やダイアモンド・ユカイのソロで発表した(アップタウンレディ、ワイルドサイドR&R他)いくつかの曲はその頃にやっていたものだったから名曲揃いだったんだね。
そんなバンドだったが終わりはあっけなくやって来た。20歳そこそこの僕は自分の心に魂に嘘をついてこのまま流されるように生きてゆくということに疑問を持ち続けずっと悩んでいた。

そんなある日、一冊の本に出会った。それは謝世輝という人がマーフィーやカーネギー、ナポレオンヒルという人達のポジティブ思想を自分なりに日本人にわかりやすく書いていた「信念の魔術」という本だ。その本は自分の人生は親や周りの人達が決めることではなく本当にやりたいと思うことが見つかったらその道を精一杯に進むこと、今は苦しくても死ぬ気でやれば必ずあなたの願望は達成出来るというもの。
本気でプロのロック歌手を目指すことに、親や世間や今の境遇を気にして悩み、諦めていた僕の心はこの一冊の本によってはっきりと目を覚ますことが出来た。

晴れやかな午後、バンドのメンバーに「俺はこれからプロを目指すけどみんな一緒にやらないか?」と話した。しかし答えは「オレは家のこともあるしやめとくよ。」「僕も悪いけどついてけないな。」てな感じでバンドはあっけなく粉砕した。また僕一人になってしまった。
しかしこの本によって気持ちがはっきりした僕はギター1本でも歌をやっていく決心をしたのだった。
その夜、近所の電車操作場のある人気の少ない陸橋の上のステージに立ち星空をスポットライトに変えて、寝静まった家並みを観客にギター1本でビートルズを歌い、いつかはきっとこれを本当のステージに変えてみせるぜと大声で歌いまくった。