Vol.04 シャケとの出会い ホンキートンクR&Rバンドは高校の同級生が集まって大学へ行っても続いていた。神奈川にある専修大学のLPMという音楽サークルに所属しながら活動をしていた。 活動といってもただ音を出して欲求不満を解消してるだけだったけど(笑)。 中学の野球部を退部して以来柔道は個人的に習いに武道館へ行っていたが体育会系の上下関係が当時は大嫌いだった。特にロックに関して言えばマイクを握ってステージに立つと何だかわからない力が沸いてきて回りのものを蹴散らしたくなってしまうようになってきた。 当然LPMも大学のサークルだったんで先輩がにわか上下関係で威張り散らしていた。普段は比較的おとなしい僕だったけどステージに立つと悪態をついたり暴力的に振舞ったりビックマウスになったりしてそのうち先輩達に次第に疎まれるようになっていった。 今でも思うんだけどみんなそれなりにうまいし音楽的だったけど、僕のように個性があって歌えるシンガーは何処にもいなかったからますます付け上がっていたのかもしれない。 もしロックの天才がいるとしたらそれは自分のことだと本気で思っていたからね。 突然サークルを追い出されるようにクビになった。バンドは活動場所をなくしてしまったといってもただ猛り狂う欲求不満を解消してるだけにすぎなかったが(笑)。 そしてある時、地元埼玉の浦和をふらふらしてる時にあるビラに目がとまった。アマチュアバンド募集、浦和市民会館ライブと。 欲求不満を吐き出す場所をなくして行き場をなくしていた所にまさか地元でこんなチャンスがあるなんて。バンドのメンバーを口説き落としてアマチュアライブイベントに参加した。 10バンドくらい集まったかな?演奏はうまいバンドもいるにはいたがたいして気にはならなかった。 ミックジャガーの動きとジョニーロットンの暴力性とポールロジャースの歌唱力を持ってる俺みたいなボーカリストは何処にもいないからなんて思ってたからね。 その時、何だか変なバンドが目に飛び込んできた。曲は全部オリジナルで飛び切りポップでわかりやすかった。プラスチックスみたいな女のボーカリストがいてその横のギタリストが変なメイクをしてやけに目立っていた。 バンドは僕達のバンドのようにストーンズのカバーを何時までもやってるまだ未知数というものではなく、今すぐ音楽市場に出しても可笑しくないくらい完成されていた。 そして僕らの番が来た。「オーケー、オーライト、ロックンロール、ジャンピングジャック、ベイビー」なんて言いながらライブが終わったらその変なメイクをしたギターの奴が楽屋にやってきて「ローリングストーンズ好きなんだ?ボーカルカッコいいね。」長身でメイクを落とした顔はなかなかハンサムな奴だった。 もし彼がストーンズと言わなかったら多分興味を持たなかったかもしれない。「最近、フュージョンとかハードロックばかりで今時ストーンズやってるなんてカッコいいよ。俺もストーンズが大好きなんだ。」 それが後にレッドウォーリアーズを一緒に組むシャケとの出会いだった。 僕が19歳、シャケが20歳だった。 その後、ホンキートンクR&Rバンドはあっけなく解散してしまって、シャケと一度バンドを組んだ。完璧プロ志向だったシャケ。実はまだミュージシャンになることに悩んでいた僕が家や大学の事で止めてしまいストーンズがキーワードだったバンドは形にもならず終わってしまった。 後にシャケはノッコという女性ボーカリストを見つけ出してレベッカというプロを完璧に目指したバンドを作った。 時代はニューウェイブと呼ばれるジャンルが新しいうねりを上げていた。 |